2050年、なんと弟がラブドールを妊娠させた!

そこには、椅子に座り膨れた腹に手を当てるあゆみがいた。俺は背中に冷たい汗が流れ落ちるのを感じた。
 2050年、慢性的な人手不足を解消するため、ロボット開発は世界中で急速に進んでいた。とりわけ、ラブドールもっと露骨に言えば、セックスロボット。この分野の発展は目覚ましかった。人間は自らの欲望に忠実だ。

ラブドール


 俺には3つ歳の離れた弟・さとしがいるが、奴は完全なる引きこもりで俺以外、誰とも会話をすることがなかった。
 ラブドールの存在は、このような異性に声をかけられない人間にとって「天使」そのものだった。だが、思うのである。ロボットは人間を超えられない。超えちゃいけない。人間とロボットは、決してクロスすることがあってはいけないのだ、と。
 俺の名前は、斉木秀一郎、ヒューマノイド・ロボットの開発会社の研究主任だ。ロボットだからといって、バカにできない。なにせ、人間よりも優れた点がはるかに多いのである。まず、ロボットは文句を言わない。基本的に命令に従順である。

斉木:SEチームと通話したいんだが
ロボット:SEチームにコールします・・コール中・・コール中・・
斉木:タバコの購入してくれ。今日中によろしく。
ロボット:NOです。今週の許容使用量を超えています。これ以上は体に・・
斉木:分かったよ!クソ!

ラブドール


 もっとも、チューニング次第で多少反抗するようにもできるが、これは上級者用だ。一度この従順さに慣れてしまうと疑ったり拗ねたり不平不満を言う人間のパートナーなどには戻れない。手足の関節は人間と同じ動きをするし、顔はお好みに合わせていかようにも造形出来る。
 俺は、他人とコミュニケーションを取れない弟に、一体のラブドールを贈った。うちの会社で開発したばかりの最新版のプロトタイプだ。モーターは埋め込んでいないので、自分から動くことはできないが、簡単な会話なら処理できるCPUを積んでいる。

さとし:おはよう。
あゆみ:さとくん、おはよう。
さとし:今日は肌寒いね。
あゆみ:さとくん、風邪ひかないようにあったかい物着て行ってね。

ラブドール



 こんな風に、ちょっとした世間話などが、設計されていた。人間は会話することによって相手に親近感を持つのだ。
斉木:ロボットはちゃんと使ってるのか?
さとし:ああ、あゆみのことね、すごく大事に扱ってるよ。
斉木:あゆみって名前にしたのか?
さとし:ああ、2Dだと触れないけど、あゆみは触れるからね

 あゆみという名前は弟がかつて恋をしていた2Dのキャラ名。実際に触れられる存在になったのは大きかったようだ。だがある日のこと、弟の様子を見に来た俺は耳を疑った。


さとし:兄貴、俺あゆみの傍にいてやりたいんだ
斉木:ん?どうした?
さとし:あゆみの奴、ついに、できたらしいんだ
斉木:できたって何が?
さとし:赤ちゃんだよ、赤ちゃん俺たちの子さ!ほら兄貴、見てくれよ。あゆみのマタニティドレス姿凄い似合うんだぜ!

ラブドール



 そう言って、弟はあゆみのいる部屋に俺を連れ込んだ。俺は息をのんだ。そこには、椅子に座り膨れた腹に手を当てるあゆみがいた。俺は背中に冷たい汗が流れ落ちるのを感じた。ばかな、ラブドール妊娠するわけが・・・
 そこまで言いかけた俺は次の瞬間、あまりの恐怖に全身に鳥肌が立った。ラブドールの目が動いたのだ。確かに、動いたのだ。そんな仕掛けは勿論作っていない。開発者の俺が言うのだから間違いない。仕込んだのは会話機能だけのはずだ。

 弟はあゆみの体に触るからと俺を廊下に連れ出した。俺は目の前で起きた現実を受け止めきれずに呆然としていた。弟は妊娠をとても喜んで、気持ちを入れ替えてこれからも頑張ると言っている。
 確かにあゆみの腹は膨れていた。あの中には一体何があるというのか?そして、動くはずのない目が動くとは・・・俺はこみ上げる恐怖と、自分のしてきたことに強烈な疑問をかんじながら自宅用ドローンに乗り込み、浮上スタートボタンを押した。

ラブドール


 数時間後、俺に一通のメールが届いた。差出人はあゆみ。ラブドールにはトラブル報告用にメール送信機能が実装されている。あゆみです。先ほど驚かれたと思います。妊娠はもちろん嘘です。さとしさんが社会復帰できるまで全力でサポート致します。
 俺は思い出した。ラブドールのCPUを組み込む時、開発途中の強力な学習機能を実装したこと。相手にとって最善の手段を穏やかに実行する。あゆみは自力で「妊娠」という手段を選択し、実行したに違いない。
 結果、弟は人間性を取り戻し社会復帰に向けて歩みだした。あゆみの作戦にはまったのだ。

ラブドール


人工知能が、人類の知能を凌駕する、いわゆる「シンギュラリティ」がまさかにこんな形で現れるとは。しかし、あの腹の中には一体何が・・・

つづく・・・